熊本市内で食品の卸をしているX社の社員Aが退職後、同じ熊本市内のY社に就職しました。

AはY社で当社の 顧客情報名称・住所・電話番号・携帯番号・販売商品・販売価格)を使ってB社でも当社と同じ商品を販売しようとしているようです。

Aとの間には、退職後も機密情報を使用しないという誓約書はもらっていますが、顧客情報はX社内のパソコンから誰でもアクセスできますし、機密であるとの注意もしていませんでした。

誓約書をもらっているという理由で、それをもとにAに仕入先情報の利用停止や損害賠償等を求めることはできるのでしょうか。

(検討)

1.誓約書は抽象的にもらうだけでは不十分です

熊本県内の各企業も社員が入社する際に誓約書をもらったり、退職する際にも誓約書を取り交わしたりしているところが多いとは思います。

仮に明確な特約(約束)がなくとも、信義則を根拠に労働者に秘密を漏えいしない義務は負うとされた裁判例もありますが、誓約書をもらっていたほうが余計な紛争を防げますし、退職する社員に注意を促す(いわゆる抑止力)ことも可能です。

では、X社の場合は、誓約書をもらっているので安心といえるでしょうか?

この点、たとえ誓約書をもらっている場合であっても、裁判例上、元従業員に課す秘密保持義務の内容は職業選択の自由の保障の観点から限定して解釈するとされ、秘密保持の対象となる機密事項等についての定義や例示のもと元従業員に対象となる機密事項が明らかであること、機密であることが認識できること等が求められます。

X社は残念ながら誓約書が抽象的ですし、仕入先情報がいつでも誰でもアクセス可能なことから、誓約書に該当する機密情報とは認められない可能性が高いといえます。

2.不正競争防止法で対応可能?

では、X社はAの行動への対応をなすすべがないとしてあきらめざるをえないのでしょうか?
この点、営業秘密の保護を定めた不正競争防止法を用いて、BやY社に対して、差し止めや損害賠償請求を行うことが考えられます。

不正競争防止法は、通常の損害賠償(民法の不法行為)よりも損害の認定等の立証を容易にした法律です。

X社の顧客情報が、不正競争防止法上の秘密に該当すれば、X社としては救済される可能性がでてきます。

しかし、裁判例上、顧客情報は秘密にあたりうるとされていますが、秘密として管理されていたか等の要件が求められます。

X社の顧客情報は誰でもアクセス可能だったことから、秘密として管理されていなかったとされる可能性があります。

3.あきらめるか?

不正競争防止法上の保護も否定される可能性がありますが、裁判例上、自由競争を逸脱しているような行為に対しては、損害賠償請求も可能です。

X社にとっての顧客情報の重要性やB・Y社の行為の悪質性(顧客の引き剥がしのような狙い撃ち的な値下げをしている等)を主張・立証し、それによる損害も主張・立証していくことになります。

4.対策

X社は保護される可能性はありますが、対応策が1⇒3になるにつれてそのハードルは高くなっていきますし、解決に要する時間・コストも増えていきます。さらにいえば一度流出してしまった顧客情報が流出先で完全に消去されるかとの不安も残ります。

そこで、トラブルを未然に防ぎ、トラブルが発生した場合も早期・有利に解決できるよう秘密情報に対する普段からの取り組みが求められます。

X社としては、社員の秘密保持に関して、就業規則・契約書・誓約書において秘密事項を具体化し、役職・取り扱う秘密の変更に応じてさらに具体化するなど、社員に秘密の保持について普段から認識させることが求められます。

さらに秘密とした情報については、施錠・パスワード等によるアクセス管理を徹底して行い、仮に誓約書等から明白でない場合でも、誰が見ても秘密だと分かるようにすべきです。

技術情報はもちろんですが営業情報も企業秘密にあたりますし、その保護は企業の営業活動の安定・発展に不可欠です。

社内の管理体制を確認・見直しをされるためにもお気軽にご相談ください。

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